医師の倫理(昭和26年8月4日版)についてのページ

日本医師会は、「医師の職業倫理指針」(2017年10月時点で最新は第3版)という出版物を発行し、医師の職業倫理の啓発を行っていますが、その先駆けと言うべき存在である「医師の倫理」(医学通信 第六年第二六八号 昭和二十六年九月十九日 で公表)はインターネット上で入手可能な「医師の職業倫理指針」(改訂版及び第3版)と違い、なかなか見る事が出来ない状況が存在していましたので、国会図書館から取り寄せてみました。
 また、ここで、昭和26年に公に表された著作物であれば、ひょっとすると著作物の保護期間が切れているのではないかという事に気付いたので、著作権法条文を読み確認を行うと、法人(公益社団法人日本医師会)が昭和26年に公に表した著作物であれば、著作権法53条1項より、法による保護期間が切れているとなる事が分かりましたので、日本医師会に連絡を行ってその旨の確認とテキストデータに書き起こしての公表の意思を伝え、ここで公表する事にしました。
以下、情報。

医師の倫理(昭和26年8月4日版)

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医師の倫理

記者注=昭和二十六年八月四日、日本医師会にて選定した決定版。昨年五月、本誌第二○○号所載の草案と対照されたい。

総則

一 医師はもと聖職たるべきもので、従つて医師の行為の根本は仁術である。
 あらゆる職業は凡てその任務を尽す上に於て尊いものであるが、特に医業は最も尊い人命を取扱い、その本領は疾病を治し、患苦を和らげるのみならず、ひいて人類全体の健康保全と、社会全般の福祉増進とに寄与するものであるから、聖職というべきであることを、医師自身が認識しなければならない。而して仁はもと「自ら慎しみ、人の上を思いやり、私慾に打ち克ち、自然の道に従う」ことである。故に医師は日常この崇高なる信念に基き、自ら省みて学問技術の向上を図り、併せて社会に対する報恩の念と、事に処して責任を重んじ、己れの良心に問うて恥じない行為とを以てその名誉と伝統を保持する覚悟を持たねばならない。
二、医師は、常に人命の尊重を念顧すべきである。
 医師の診療行為には、一種の特権があるが、これは聖職本来の面目を重んずることによるものである。随つて医師は一面に於て、人間の生命を、その受胎の初めから、至上のものとして尊重愛護すべき重大な義務と責任とを負うものである。されば大に誡しむべきは、医学的興味又は私利に駆られて、医の本領を忘れ、この至上の人命を害う如きことのないようにすることである。
三、医師は、正しい医事国策に協力すべきである。
 医師は、一国文化の先駆者であり、保健衛生の権威者であるから、その使命は極めて重大である。故に医師は、常に一面診療に精励すると共に、他面正当なる医事国策に関して積極的に各自の薀蓄を傾注し医師会を通じて世論を喚起し、或は献策し、或は指導し、以て国家の施策に貢献すべきである。

第一 医師の義務
第一章 患者に対する責務
第一節 診療に際しては、全責任を負い、細心の注意を払い、最善の処置をなすように努めること。
 診療に際しては、念頭にたゞ「患者のため」とゆうことあるのみで、綿密正確に診察し細心適正なる治療を加え、速やかにその本復を計らねばならぬ。またよく人心の機微に徹し、患者の心理状態と、家庭の淸況とを洞察し、厚き同情を以て事に当り、患苦を和らげることに専念すべきである。特に一視同仁を旨とし、貧富や身分によつて厚薄なきよう心せねばならない。
第二節 療養上必要な事項を、親切に説明指導すること。
 臨床上、単に疾病を診察するばかりでなく、更に進んでその保健指導をも行うべきである。
 従つて療養、治療に関しても、親切なる説明をなし、適当な指導をしなくてはならない。
第三節 疾病に関する祕密義務を守ること。
 患者に接するには、慎重なる態度を持して、忍耐と同情の誠を示し、その診療上の一切の祕密は、絶対に厳守すべきである。併し、伝染病防止の必要な場合には、公衆庇護の立場から、率直迅速に届け出なければならない。
第四節 患者に予後を告げるには、最も慎重になすこと。
 患者の予後については軽々しく告げたり、殊更過大に告げてはならない。予後不利と診定せるときは、近親者に警告し、適当な注意を与えなければならない。
第五節 救急及全治不能の患者に対する態度
 医師は、専攻に従い、それぞれ一定の診療科名をもつているのであるが、救急の場合には、患者の要求に応じて、専門の如何を問わず、診療を拒絶してはならない。そして一度診療を引受けたときは、全責任を負つて治療に専念し、誠実をつくして、慰安と光明とを与えることに努むべきである。
第二章 社会に対する義務
第一節 医師は、公共福祉のために、進んで各自の技術と時間とを奉仕すべきである。
 医術は臨床的奉仕であると共に、社会的奉仕である。すべて医師はただに疾病を治療するばかりでなく、今後はその予防にも全力を尽すべきである。あらゆる医療を求める者に対し、広くその手が差しのべられなければならない。医師は、健康増進、公衆の保健衛生のためには、見えざる処に善をなすとい観念を以て、その技術と時間とを寄与すべきである。
第二節 医師は、社会衛生に寄与すること。
 医師が社会衛生のために尽力することは、当然の義務であつて、衛生技術者と密接に連絡協力し進んで、その指導者となり、知識の普及向上に努め以て国民の健康な生活を確保するように心掛くべきである。
第三節 医師は、伝染病予防に、万全の努力を傾倒しなければならない。
 医師は、伝染病が発生した時には、全力をつくして防疫に寄与し蔓延を防遏することに尽力しなければならない。これに処するため、医師は常に伝染病に関する国家の法規を見守り、万遺漏なきを期せなくてはならない。
第四節 医師は、適正な社会保険並に社会保障制度に協力すべきである。
 医師は、健全にして適正な社会保険の向上発展のため、協力する責任があり、適正な社会保障制度の実施に伴い、医事衛生の見地より、事業の遂行と、制度の完壁とを期することに、協力すべきである。
第五節 医師は、濫りに広告せぬこと。
 医師が、患者の吸収を目的として、技能、療法及経歴に関する広告を新聞、雑誌、ラジオなどを通じて行い、自家秘法や、治験例を誇示した宣伝は、法規に違反することは勿論であるが、医業の本質に鑑み、軒並みの電柱広告、その他低級卑俗なる広告、虚偽誇大なる宣伝は、すべて医師の品位を傷け、医風を紊す行為であるから、自粛すべきであり、優秀な医学的技能と、誠実なる診療とを以て、患者の信頼を得ることが最も価値ある広告であることを、銘記してほしい。
第六節 医師は、療術行為幇助や秘薬療法を行つてはならない。
 医師が、無資格者の医療行為の幇助をなし、或は秘薬を使用し或はその製法に援助を与えることなども、医師の使命を忘れた不徳行為である。すべて医師は、学界で認められた薬品や器械以外のものは、極めて特殊の場合を除いては、その使用をさけなければならない。
第七節 医師の倫理に反する医師はこれを善導すべきである。
 医師の倫理に反する行為ある者に対しては、医師会の裁定委員会が善処すべきである。これは、とりもなおさず、医師の名誉を高め、不徳医師の発生を防ぎ医師会を浄化し各自の権威を擁護し得る所以であるからである。
第八節 医師は、非医師の行う欺瞞的行為を排し、社会に警告を与え、その弊害を駆逐しなければならない。
 医師は、非医師の、紛飾された欺瞞的行為の実態を調査して、これを一般社会に認識させる様努力し、これがために、一般民衆の健康と生命を脅かされることのない様に警告を発すべきである。
第九節 医師の倫理については機会ある每に患者側に理解せしむるよう指導すること。
 医師の倫理については、医師だけが、守ろうとしても患者側がこれを理解し、協力しなければ、その実行は困難であるから機会ある每に、民衆を指導すべきである。
第三章 医師会に対する義務
第一節 医師は、医師会に入会すべきである。
 医師は開業するせざるとを問わず、当然医師会に加入すべき義務があると考えられる。それは自由意志に待つべき課題ではなく、加入する事を正当と認識しなければならないのである。文化社会に於ては、同学同業の分野を画して、団体を構成し、社会に対して有機的活動を営むものは、適者生存の原則であり医界に於いても、斯くしてこそ、研究の自由と学術の尊重が成果を収め、社会的に応用されることになるのである。従つて、そこに医師会の存在が必然的に発生し重要なる使命と責任とを負うことになるのである。医師の中には、医師会に対して、全く関心を持たず、医師会を軽視または無用視する人もある。殊に未開業の医師には、この傾向なしとしない。これは医師としての業務道徳に背き、また一面に於て、自己の当然の権利を抛棄するものと云わざるを得ない。
 医学医術の惠沢は、社会生活と遊離しては存在し得ないのであり、医師会の存立使命は社会生活と医師とをつなぐ紐帯であつて、これによつて、社会情勢に対応する医師の在り方、進み方が決められるのである。換言すれば、医師は公法上でも、業態的にも孤立独善は許されないものであるから、進んで医師会に加入し、国家社会に大して自らの義務を認識し、更に医業の正当なる権益と名誉とを、医師会を通じて保持せねばならない。
第二節 医師会の構成と、役員等の選出に就て
 医師の社会的地位と医権の象徴は、懸つて医師会の活動に待たねばならないのであるから、会員の融和団結を強固にすることは、団体の自立的使命であり、世論を喚起する原動力である。会員はその構成組織について忌憚なき意見を提出し、機能強化、医業発展に寄与することは、各自の責任でもあり、民主々義体制の要望でもある。故に代表者、委員等の選出に当つては積幣陋習を一新し、適材適任の選出を心懸くべきである。
第三節 新薬、新療法に対する措置
 新薬と新療法とは、時代の進展に伴い、今後益々多きを加えるであろう。このことは学術の進歩として奨励すべき事柄であるが、半面、弊害の存することも絶無であるとは保証できない。殊に社会事情と医業に影響するところ甚だ大なるものがある。現在にあつても玉石混淆の嫌いなしとしない。医師たる者は、徒らに時流を趁はず、学術的良心と真摯なる研究とによつて、これを判断し、医療の純正を保持するために深甚の注意を払うべきであり、また医師会としては、学術研究機関と連繋して、公衆の福祉と医療の完全を期するため、これに対して適切なる方途を講ずべきである。

第二 医師の心得
第一章 医師としての心構え
第一節 医師は、人格と技術と信頼とを第一義とすること。
 聖職の本義に徹すべき要諦は先ず健康にして高潔なる人格を養い、礼節を重んじ、勤勉誠実、以て社会に範を垂れ、常に研鑽を怠らず、実力の修得に努める事にある。かくて大衆の信望を博し、よつて以て社会の福祉に貢献すべきである。もとより広汎精微に亘る医学の全般に通ずる事は至難であるから、各分科に精進すると共に、広く知見を求め、偏見の弊に陥らぬよう心することがのぞましい。
第二節 医師は、常に品性の陶冶に努めること。
 医師は、学識豊かにして診療の技能に秀でて居るばかりでなく、正しい人間であり、常識円満でなければならない。そのために謙譲誠実、慈愛、忍耐の美徳を旨とし、常に品性の陶冶に留意すべきである。
第三節 医師は、先輩を敬慕し、且つ同僚、後輩と親善を保つ様心がけること。
 学問は、日進月歩であるから、師の教を尊び、先輩の指導に感謝し、後輩を善導し、また同僚は互に知識を交換して、啓発せねばならぬものであるから、常に親愛の情を以て接しなければならない。苟しくも師友を軽蔑する念慮があつたのでは、決して社会の尊敬を受けることはできない。
第四節 研究に従事する医師の態度は常に謙虚たるべきこと。
 研究に従事する医師は、真理の探求に終始し、謙虚にして中正、これを実験に徴し、これを原理に弁え、断じて先入的独断あつてはならない。またその業績を発表するに当つては、功を急がず、名を争わず、飽く迄も事実に忠実であり、固執偏見に促われてはならない。模倣、剽竊の如きは最も唾棄すべきことで、学者的生命を失うものであることを銘記すべきである。
第五節 医師は、常に容儀端正を旨とし、診療の場所等は特に清潔になすべきこと
 医師は、聊職にふさわしい品位を保持するため、服装容儀を整え、患者に尊敬の感を起させるように心がけ、粗野なる言辞動作は最も慎むべきである。また治療の場所を神聖なる道場と心得、常に清潔を旨とし、患者に好感を与えるようにしなくてはならない。
第六節 医師は、医業を助ける者に対して、感謝の念を忘れてはならない。
 助産婦、看護婦等の任務の重要性に鑑み、医の使命達成のために、喜んで協力せしむるよう、常に慈愛と寛容の態度を以て、これに接すべきである。
第七節 医師は、特に法令の発布改廃に留意すること。
 時勢の変化に伴い、法規の新制改廃等が頻繁であるから、医師たるものは、常に注意してこれを知らなければならぬ。
 世態は極めて複雑であり、情実や懈怠の結果、知らずして法に触れ、不測の禍に陥るが如きことがあつてはならない。
第二章 医師相互間の義務
第一節 医師は、相互に尊敬と協力とをなすべきである。
 医師は、相互に尊敬協力、切瑳琢磨し、荀しくも独善、孤立に陥り、または学閥派閥等による割拠対立の如きことあらば、極力これを排除しなければならぬ。また連帯責任の実を挙げねばならない。
第二節 必要なる対診は、努めてこれを行なうべきである
 医師は、患者の病状如何によつては、対診を要求すべきである。亦患者の要請ある場合、主治医は快く対診の申出に応ずべきである。
第三節 対診には、不誠実と競争心があつてはならない
 対診は患者のために計るのを目的とするのであるから、この場合は患者とその家族に対して率直真摯な態度をとらなければならない。医師同志が互に不誠実であつたり、競争心や嫉妬心を起して争うなど、すべて感情に訴えることは、医師全体の面目にかかわることであるから、厳に慎しむべきである。
第四節対診に臨むときには、常に時間を厳守すること。
対診の時間を厳守し主治医と対診医とは倶に診察すべきである特別の事情により対診医だけで診察した時には、自分の所見と意見とを記して、封書になし置く等の処置をなすべきである。
第五節 対診上意見が一致しない時には、第二の対診医を招請すべきである。
 対診の場合に、意見が一致しないときは、更に他の対診医を招き診断を明かにする必要がある。医師は、如何なる場合にも先ず患者のために図ることが主眼であることを忘れてはならない。
第六節 主治医は、診療上、一切の責任をとるべきである。
 対診医があつても、診療の責任は、一切主治医が負うものである。危急の場合、主治医が不在等の事故で、間に合わない時には、対診の責任において一時処置を施すことは差支えない。しかし、主治医の同意なしに、治療を続けることは慎しむべきである。
第七節 主治医の地位を尊重すること。
 対診した医師は、その疾病が続く限り、たとえ患家の要請があつても、主治医の同意なしに、主治医に成り替わることはよくない。
 万一患者及び家族の希望により、主治医に代る場合には、主治医の諒解、同意を得るのが、医師相互の礼節であることを、患者に理解させるべきである。
第八節 前医の批評をすることは、医師の品位を傷けるものである。
 前医の診療に対し、批評がましいことを一切口にしてはならない。例え患者の質問に対しても、当時の症状殊に所見の不明を理由に、意見の発表を慎まなければならない。
第九節 社交に於て、誤解を生じない様に心がけること
 医師が、他の医師の診療中の患者と知り合いの場合には、極めて慎重にして、誤解を招かないようにしなければならない。如何なることがあつても、主治医の信用を傷けるような言動をしてはならない。
第十節 主治医のある患者に対しては、主治医の諒解を得ずして、診療することは不徳の行為である。
 他の医師の診療中の患者に対しては、当該主治医の諒解なしに、診療を行つてはならない。
 主治医が不在又はその他の事故により、主治医に代つて、危急の招きを受けたときには応急処置を施して、これを主治医に報告して置かなければならない。
第十一節 急病患者に対し、数名の医師が集合する場合には、主治医かまたは初着の医師に主役を委任すべきである。
 救急または災害事故による負傷等のために、数名の医師が同時に招かれた時には、最初に到着した医師が主治医となるものであるが、若しかかりつけの医師か、或は特に患者の希望する医師が到着した時には、直ちに任すべきである。患者が病院に入院した場合、その退院の際は主治医にその旨通知すべきである。
第十二節 主治医の事故が解消したときは、託された患者を直ちに返すべきである
 医師が、自分の病気又は旅行などのために、休診する場合には、その間、患者を他の医師に依頼しなければならない。その場合、依頼された医師は、快く引受けて、その患者を慎重に取扱い、依頼した医師の事故が止んだときには、速やかにその委任を解かなければならない。
第十三節 患者について、他医からの問合せがあつた場合には、詳細且つ迅速に、必要な記録を提出すべきである。
 かつて診療して患者について、他医から問合せのあつた場合、出来るだけ迅速に、且つ詳細な診療の写またはレ線写真等の資料を提供し、適確なる診療の完遂に、協力援助を惜しんではならない。
第三章 医師の報酬
第一節 適正なる報酬は確保すべきである。
 医師は、その資格において平等であるからといつて、必ずしも報酬も亦一律たるべきものとは断じ難いが、医師会の定める標準規程に一応準拠すべきである。但し医師の道徳と、会の常識に違反しない程度に於て、自己の信念に基く報酬を求めることは敢て不可とする理由はない。また医師は、人類の病苦を救い、健康を維持させることを第一義とし、報酬は、あくまで第二義的のものではあるが、社会の通念において、適正な医療報酬は確保すべきである。
第二節 みだりに無料または軽費診療等を行つてはならない。
 医師は、救療施設に浴し得ない者や、真に医療費の負担に堪えられない者を、無償で診療することは、医道の同情任侠として望ましいことであるが、無料または低費診療を宣伝の具に供したり、これを通じて、脱法的な組織や企画に協力参与することは、報酬の有無に拘らず、断乎として与みすべきでない。個人や団体が、医療施設、保健施設の名目で、事業の附帯施設、または独立事業として、診療所、病院等を設置し、無料相談、軽費診療を標榜して、事業の宣伝広告の具に供するが如きことも、医療を商業的行為化する政策である。これは医学医術の尊厳を冒涜し、ひいては正純なる医療や保健の指導を曲解させ、医業の低下堕落を招来し、世人の指弾を受くるに至らしめるのは当然であるから、その事業の性格、組織、社会的使命を、良識によつて判断し、苟めにも同僚間の迷惑や、医道の昂揚と純正とを阻害しぬよう、十分慎重にすべきである。
第三節 非医師に、医業の神聖を冒涜されてはならない
 非医師たる個人又は、非医師の団体の経営になる医療機関で、医療普及並びに軽費診療を看板に診療所、病院等を企業化せる者に雇傭されて、生活費を得させたり、不当な利潤の配当をあげさせて居る場合があるが、かかることは、崇高なる医業の特権を抛棄する反逆行為である。かゝる不正な営利主義は、良心的の純正完全なる医業を阻止して、粗笨不全の診療に陥らせることは明白である。
 随つて医業の本質に悖り、罹患者にはこの上もない不幸をもたらすことになる。殊に心すべきは、医道の頽廢についての物議のみでなく、知らず識らずの間に屡々違反行為を誘致し、資格、免許に累を及ぼすに至ることになる。
第四節 社会正義、医業道徳に反する特約診療をしてはならない。
 次の條件のもとでは、特約診療をしてはならない。
 一、患者誘致の意志あるとき
 二、特約のため、診療費の値下をするとき
 三、適正医療を行いがたき低い報酬に甘んずるとき
 四、医師の合理的な自由競争を妨げるとき
 五、医師の自由選択を妨げるとき
 六、良心的な診療を行い得ない條件で、雇われるとき
 七、健全なる社会政策に反するとき
 八、その他これに類する不正不当の診療特約をなすとき
結語
 以上は医師が、患者、同僚、医師会及び一般社会に対する責任、義務、礼節等々、当然守るべきことの大道を述べたに過ぎない。
 医師は、如何なる場合に於ても、常に使命の神聖なることを念頭において、挙止言動に紳士的態度を持し、特に、己れの欲するところを人に施すように、心懸くべきである。
 要するに、医道の目的は、「世のため人のためにつくす」と云う一言につきるのであり、これを実行する事によつてのみ、医師が、社会よりその真価を認められ、医学医術が心からなる尊敬を受ける事になるのである。



(※書き起こし者注:本テキストデータは、「医学通信」 第六年第二六八号 昭和二十六年九月九日 11頁目から16頁目に掲載のあった「医師の倫理」を可能な範囲で原文通りにテキストデータとして書き起こしたものである。「医師の倫理」は、日本医師会(公益社団法人日本医師会)が、当該誌で、自己の名義により公表した著作物であるが、公表後50年間を過ぎ、著作権法53条1項に規定の法人その他の団体が著作の名義を有する著作物の著作権保護期間を過ぎていることから、日本医師会に書き起こして公開する旨の連絡を取り、公共の利益のために公開を行う事とした。)


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